第130回企画 愛する芸術家たちー 細江英公と6人の作家 ー

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4月18日 (土) 〜 5月17日 (日) まで「愛する芸術家たち」ー細江英公と6人の作家ーを開催いたします。細江英公が敬愛する作家や芸術家たちの持つ世界観を捉えようと試みた二十世紀後半の日本における芸術・文化状況の貴重なドキュメントでもあるポートレイト・シリーズ『創世記・若き日の芸術家』より抜粋した6人の作家の肖像写真と共に、金子國義、合田佐和子、澁澤龍彦、瀧口修造、野中ユリ、四谷シモンの作品を展示。
【展示作品】
細江英公(写真)、金子國義(油彩、版画)、合田佐和子(油彩、オブジェ)、澁澤龍彦(直筆手紙)、瀧口修造(オブジェ)、野中ユリ(デカルコマニー、版画)、四谷シモン(人形)を展示。

※イベント詳細につきましては後日HP 、SNSにてお知らせいたします。

Open│水・木・金・土・日12:00–18:00
Close│月 ・火 (月・火曜日が祝日に当たる場合も休廊)
Address│東京都渋谷区恵比寿南1-12-2 南ビル3F
Tel│03-6452-3345
Contact│info@librairie6.com

細江英公 – Eikoh Hosoe –

1933年、山形県生まれ。1959年写真のセルフ・エージェンシー「VIVO」設立に参加。1969年『鎌鼬』で芸術選奨文部大臣賞受賞。1998年紫綬褒章受章。2003年世界を代表する写真家7人のひとりとして英国王立写真協会創立150年特別賞授賞。2007年、旭日小授章受章。2010年、文化功労者顕彰。2017年、旭日重光章受章。主な代表作に『おとこと女』『薔薇刑』『抱擁』『ガウディの宇宙』『ルナ・ロッサ』『浮世絵うつし』『死の灰』等がある。清里フォトアートミュージアム館長、東京工芸大学名誉教授、日本写真協会会員、日本写真芸術学会会員、日本写真家協会名誉会員。2024年9月16日逝去。

金子國義 – Kuniyoshi Kaneko –

1936年、埼玉県生まれ。ミッションスクールの聖学院中・高等学校を経て、日大芸術学部在学中に舞台美術家の長坂元弘氏に師事。1964年より独学で油絵を描き始め、翌年『O嬢の物語』の翻訳を行っていた澁澤龍彦の依頼で同作の挿絵を手がける。寺山修司、四谷シモンといった日本の前衛芸術を切り開いた時代の寵児らとともにデビューし、1967年個展「花咲く乙女たち」で初個展。また、『富士見ロマン文庫』『ユリイカ』『婦人公論』をはじめ多くの書籍・雑誌の装幀画・挿絵を手がける。絵画のみならず、着物デザイン、写真、舞台美術など多岐にわたる活動は衰えることなく、2005年の十八代目中村勘三郎襲名披露興業に続き、2012年の六代目中村勘九郎襲名披露の口上の美術を手がけた。2015年3月16日逝去。

合田佐和子 – Sawako Goda –

1940年、高知県生まれ。原体験が戦後の焼跡だったため、幼少よりガラクタ収集癖があり、1965年に瀧口修造のすすめで制作したオブジェを発表。1971年に油彩を始め1980年以降には、ポラロイド、パステル、鉛筆、16mm、ビデオ、写真、エッチングを発表。並行して1966年より唐十郎、寺山修司等の舞台・映画美術も多数担当。長い間エジプトに惹かれ1985年アスワンのヌビア人の村に1年間移住した。2016年2月19日逝去。

澁澤龍彦 – Tatsuhiko Shibusawa –

1928年、東京都生まれ。1953年、東京大学文学部仏文科卒業。卒論は『サドの現代性』。1954年、白水社で最初の訳書『大跨びらき』(ジャン・コクトー)を上梓、初めて筆名「澁澤 龍彥」を用いた。1961年、猥褻文書販売および同所持の容疑で、現代思潮社社長石井恭二と共に在宅起訴され、以後9年間に渡りいわゆる「悪徳の栄え事件」の被告人となる。1969年に澁澤側の有罪が確定し、7万円の罰金刑を受けた。人間精神や文明の暗黒面に光を当てたエッセイが世間に与えた影響は大きい。小説家としても独自の世界を開く。編著『エロティシズム』『血と薔薇』などの著作でエロティシズムを追究した事でも知られている。代表作『唐草物語』(第9回泉鏡花文学賞)『高丘親王航海記』(第39回読売文学賞)など。1987年8月5日逝去。

瀧口修造 – Shuzo Takiguchi –

1903年、富山県生まれ。ウィリアム・ブレイクやアルチュール・ランボーに傾倒し、慶應義塾大学英文科在学中より詩作。26年に『山繭』の同人となり、大学では詩人・英文学者の西脇順三郎の教えを受ける。前衛的な詩誌『詩と詩論』『衣裳の太陽』の創刊に関わり、また早くからシュルレアリスムの動向に注目すると30年にアンドレ・ブルトンの『超現実主義と絵画』の翻訳を行う。美術評論や詩を発表し37年には詩人の山中散生とともに「海外超現実主義作品展」を開催。戦後、47年に「日本アヴァンギャルド美術家クラブ」の結成に参加。49年に開催された「第1回読売アンデパンダン展」で様々な若手作家を知り、また北代省三や山口勝弘、福島秀子らと交流。これをきっかけに51年、詩人や美術家、音楽家、技術者らも加わった総合芸術グループ「実験工房」を発足する。60年代以降は制作・造形的な実験を本格化。デッサン、転写絵のデカルコマニー、焼け焦がしと水彩によるバーント・ドローイングなどを制作し、初個展「私の画帖から」を南天子画廊にて行う。のちに自身の書斎を「オブジェの店」とすることを構想。看板にはデュシャンから贈られた店名「ローズ・セラヴィ」を掲げ、手づくりのオブジェや収集物、旅の土産品などを、詩を添えた箱に詰めて友人たちに郵送する、あるいは手渡しする架空の店を開く。命名の返礼として、デュシャンのために、美術家・岡崎和郎の協力を得て『マルセル・デュシャン語録』(1968)を刊行。詩集・詩画集、シュルレアリスムやデュシャン、写真に関する評論、美術家や詩人たちとの共著、自ら装丁を手がけた私家本などを数多く残している。1979年7月1日逝去。

野中ユリ – Yuri Nonaka –

1938年、東京都生まれ。都立駒場高校卒業。芸術的な家庭環境もあり早熟な自覚を得て、15歳頃の時「私は画家だ」と決めて出発。1953年頃から銅版画を始め、1年ほど関野準一郎の主宰する銅版画の研究所で研修また駒井哲郎にも多くを学ぶが、それ以外には正規の美術学校には入らず独学であった。1957年まだ10代の頃、最大の師である瀧口修造の知遇を得てタケミヤ画廊にて瀧口修造企画による銅版画展で鮮烈なデビューを飾り、その後現在に至るまで版画・装丁・挿画・コラージュ・デカルコマニー・オブジェなど様々な表現媒体を駆使しながら独自の透明な幻想世界を生み出し続ける。野中ユリの美術世界は、シュルレアリスム的精神を出発点としながら、多くの詩人、文学者、芸術家たちと詩的、文学的想像力を分かちあう中ではぐくまれ、20世紀後半の現代美術史の中に特異な位置を占めている。

四谷シモン – Simon Yotsuya –

1944年、東京都生まれ。
タンゴの楽師である父、ダンサーの母という芸能一家で育つ。小学生の頃から人形を作り始め、10代半ばで人形作家・川崎プッペを訪ね、17歳の時にはぬいぐるみ人形作家の水上雄次の内弟子になる。1965年、雑誌『新婦人』に掲載されていた、澁澤龍彦の紹介によるハンス・ベルメールの球体関節人形を見て衝撃を受け、それまでの人形制作方法を捨てる。人形とは「人のかたち」であり関節で動くもの、人形とは人形そのものであると悟り、以後独学で球体関節人形の制作を始め、新しい人形表現の地平を切り拓いた。1967年、画家・金子國義を通じて、澁澤龍彦、唐十郎と知り合う。同年、唐十郎の状況劇場の芝居「ジョン・シルバー新宿恋しや夜鳴篇」に女形として出演する。1968年3月から6月にかけて、状況劇場の紅テントの芝居「由井正雪」に「的場のお銀」役で出演する。この時から「四谷シモン」の芸名を使う。1971年まで状況劇場の役者として活動する。現在は、日本における球体関節人形の第一人者として国内のみならず海外からも高く評価されている。

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